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ドロップ




雨が降ってる。
湿度は高い。

電車の中は混んでるとは言えないまでも、ちらほら立っている人がいて、乗車した瞬間むせ返るような熱気と湿度で少しめまいがした。

乗り込んだ方とは逆のドアの前に進むと、手すりにもたれ掛かる。
逆側に陣取ったサラリーマンは雨で湿ったスーツで、見てるだけでのぼせそうだったから、視線を外に向けて呼吸を整えた。
どんよりと垂れ込めた雲は今にも溶け出しそうな重さで。
まだ午前中だと言うのに、随分暗い感じがした。


ガタン、ガタン、ガタン

電車の音とイヤホンから聞こえる音に身体も意識もゆだねる。
甘い声に乗せて、痛いところを突いてくるようなその声は大好きだけど苦しくて、なんだかアイツの顔が浮かんだ。
私の頭に浮かぶときはいつも、その顔は満面の笑みで。
嬉しそうなその表情に思わず頬が緩んでしまいそうになる。
次いで名前を呼ぶときのあの甘ったるい声が聞こえそうになったけど、これ以上ニヤけると完全に不審者だから急いで打ち消した。


まったく、何をやってるんだろうか。


この感情を素直に恋と言えるほど、もう若くない。
綺麗ごとを並べるのが上手くなって、またそんなのは綺麗ごとだ、と思うことが多くなった。



○○駅、○○駅〜


かすかに聞き取れた電車のアナウンスに振り返ると、すでに降りる予定の駅に着いていた。
慌てて閉まりかけのドアに身体を滑り込ませ、急いで改札に向かう。
約束の時間から10分程過ぎていて、そんなことをいちいち気にするアイツではないけれど、やっぱり急ぎ足になってしまう。
雨で濡れた階段にヒールを取られないように慎重にならざるを得ないのがもどかしい。
窓から見えた雨はさっきよりも強くなってるような気がして、あぁやっぱり中で待たせときゃよかった、って足下をびしょびしょにしてるであろうアイツを思い浮かべる。
どうせ、こんな中でもサンダルとか履いてるんだ。

タンッ

最後の一段を降りて、傘を開く。
目当ての人物を探すために辺りを見回したら、見つける前にでっかい声で呼ばれてしまった。


「まっすみ〜〜!!」


派手な傘の下から、ぶんぶん振られた腕と満開の笑顔。
近づいてくる足下を見ればやっぱりびしょびしょになっていて、それでも智秋ちゃんは何も気にしないでにこにこしてて。


「ご、めん、遅れて…」


言葉が上手く出てこなかった。
ホントは声がでかい!!って怒るつもりだったのに。
目が合った瞬間の笑顔も。
弾む声も。
あはは、全然大丈夫、さっき着いたばっかりだしって見え透いた嘘も。
全部。


嬉しくてしょうがない。




綺麗ごとだって分かってる。
もうそんな年じゃないだろうって。




だけど、大人になってから随分経ったというのに、未だにこれを恋以外になんて呼べばいいのか。
こんなうっとうし過ぎるくらいの雨の中、馬鹿みたいにドキドキしてる心臓を抱えて、思った。




end

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